高齢者虐待について、虐待についての基礎知識

最近養護者(介護者)からの高齢者への虐待をニュースなどでよく耳にします。現在の介護に対する考え方は、「施設から在宅」へとシフトしつつあります。そのため、高齢者が在宅で介護を受けることが今後ますます多くなってきます。しかしそれと同時に介護を苦に養護者からの虐待も多くなる可能性も十分に考えられます。弱者である高齢者を虐待から守っていくために、私たちにはどのようなことが出来るのか。ここでは高齢者虐待についての基礎知識について紹介をしていきたいと思います。

高齢者を守る法律

高齢者虐待防止法

わが国には「高齢者虐待防止法」という虐待から高齢者を守る法律が存在します。まず高齢者の虐待を考える上で大切な内容ですので、ご覧下さい。

※養護者による高齢者虐待に係る通報等

<第7条>
養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかにこれを市町村に通報しなければならない。
引用元:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律より

とされています。
ただし通報については「努力義務」であるため、しないことによる罰則等はありません。また養護者とは、在宅で介護をする家族、親族、同居人を指します。

高齢者虐待防止法の定義とは

高齢者虐待防止法の名称に「高齢者」の言葉が入っている為、基本的には「65歳以上」の方が適応されます。また高齢者虐待には「養護者による高齢者虐待」と「養介護施設従事者等による高齢者虐待」に分けられています。

また「養介護施設従事者による高齢者虐待」については、養介護施設従事者「等」とついているため、施設以外で支援を行っている在宅サービス(訪問介護・通所介護など)に従事する方も含まれています。

高齢者虐待防止法に準じた対応が求められる例

前述した定義の分に「基本的には」という文言を入れさせていただきました。高齢者虐待というのは、基本的には65歳以上の方が適応されるのですが、例外もあります。

①被虐待者が養護者ではない家族や、本人を世話をし密接に関わっている第三者からの虐待。
②1人暮らしの方で、認知症やうつ症状の影響により、正常に判断が出来ない状態であり、客観的にその方の人権が侵害されている場合(必要な栄養が摂れていない・生活空間が不衛生等)。セルフネグレクトも対象。
③介護保険の適用となる第2号被保険者(※1)の方が、養護者による虐待が確認された場合。
※1:40歳以上で特定疾病により介護保険認定を受けている者
などが挙げられます。
ただし、平成23年6月「第二章 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等」に関する法律が成立し、65歳未満の者への虐待の対応については、例外という枠組みではなく徐々に整備されています。

養護者による高齢者虐待についての報告件数

厚生労働省では、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づいた、平成28年度の虐待に関する調査結果が公表されていますので、下記をご覧ください。

養護者によるもの
虐待判断件数 相談・通報件数
平成28年度 16,384件 27,940件
平成27年度 15,976件 26,688件
増減(増減率) 408件(2.6%) 1,252件(4.7%)

この調査については、平成19年度から毎年度行われているものであり、全国の市町村や都道府県で高齢者に対する虐待への対応状況を厚生労働省でまとめた情報となっております。

高齢者虐待の種類について

虐待にはいくつかの種類がありますので、説明をしていきたいと思います。

身体的虐待

暴力行為により、身体へ危害を加える行為や本人の行動を意図的に抑える(拘束)行為です。また危害を加えかねない行為も身体的虐待の部類に入ります。

心理的虐待

言葉による脅しや侮辱、態度、無視、厳しい命令や怒鳴りつけ等により精神的な苦痛を与えることをいいます。

性的虐待

同意なき、性的な行為及び強要。

経済的虐待

同意なき、財産の使用。また本人が希望をしている財産の使用や管理について正当な理由なく制限する。

ネグレクト

介護や世話などを行わず放棄すること。また必要な介護及び医療サービスの利用を妨げ、心身に悪影響を与えることをいいます。

高齢者虐待の事例

私が携わった方の高齢者虐待について、事例として紹介をしていきます。コンプライアンスの観点から一部内容については変えさせてもらっています。

事例①

・A氏:80代 男性 要介護2 妻と2人暮らし

A氏は認知症を患っており、妻が日常の介護を行っていた。今まで定期に訪問を行っていたが虐待の様子は確認できなかった。

定期的に訪問を重ねていく中、本人の何気ない動作から右腕が見え、右腕に内出血の痕を確認した。最初は「転んでしまった」とA氏は話していたが、話のつじつまがどことなく合わず、話を聞いていく内に「実は妻に叩かれた」と話された。

さらに一度や二度ではなく、頻繁に叩かれていたことが分かった。そのため、まず地域包括支援センターに相談し、地域包括支援センター事務所で一時保護を行った。その際に、本人同意のもと身体中の写真を撮り、その写真と踏まえて経緯などを自治体に報告後、施設へ緊急保護することとなった。

この事例に関しては「身体的虐待」に入ります。

ポイント
まず虐待をされた部位の写真を撮ることでした。何故なら証拠がなければ虐待の実態が分かりづらいからです。また本人の気持ちが変わり、今後虐待の痕を見せない可能性もあるからです。地域包括支援センターでの保護については、妻が外出しているところでの訪問だったため、色々と手続きなどしていると帰ってきてしまう恐れがあったからです。

事例②

・B氏: 80代 女性 要介護1 1人暮らし

週末になると長男が他県から様子を見に来ていた。長男は買い物や調理など、B氏が困っていることを手伝う等献身的な長男でした。しかしある時を境に、B氏の自宅に督促状が届くことが多くなっていた。また預貯金もかなりなくなっており、B氏は無駄遣いをする人ではないため、不審に思い地域包括支援センターへ相談を行った。

その後地域包括支援センターが介入することで分かったことが、長男が事あるごとにB氏から金銭の要求を行っていた。お金を要求する名目が「孫の学費」「孫の塾代、習い事の月謝」「介護をするための費用」などと、直接お金を盗る理由ではありませんでした。

またB氏も「孫のためなら」「週末に来てもらっているから」といった気持ちがあり、盗られているという感覚はありませんでした。しかしB氏の生活は著しく悪くなっていたため、その後は介護保険サービスによる支援と権利擁護による金銭管理を行うことで、終結した。

この事例に関しては「経済的虐待」になります。

ポイント
直接お金を盗る行為はしていないということです。B氏からは「孫のため」にと思って金銭を渡していたため、なかなか虐待の見分けがつきにくい状態でした。B氏へ自身の生活が成り立たっていない状態でも、長男へ金銭を援助することが、果たしてそれが本当に良いことなのかを、気づかせることが大事でした。

私が「経済的虐待」に携わってきた中で、直接お金を盗った「経済的虐待」の例は一度もありませんでした。何かにつけて、「子どもの~」「孫の~」というのが多かったです。

事例③

・C氏 70代 男性 認定なし 1人暮らし

民生委員からの通報によりC氏と携わることになりました。疾病の影響により廃用症候群がかなり進んでいる状態で、食欲もなく低栄養状態。

本人とは何度も面会を重ね、「静かにこの家で、生涯を終えたい」という強い意志があり、理解力や判断能力は十分にあった。この意思については、変わることはなかった。そのため、C氏について自治体へ相談し、後日C氏と自治体、民生委員、自宅で話し合いが行われた。その際、反応がない場合はドア破壊による住居侵入の約束を取り交わした。話し合い後、警察にもC氏の状況を伝え、協力を仰いだ。

数日後、新聞が溜まっていることを確認し、チャイムを鳴らすも反応がないため、警察へ通報し、ドアの破壊を行い住居へ侵入した後、部屋で死亡をしていることを確認した。

この事例に関しては「ネグレクト(セルフネグレクト)」です。
セルフネグレクトというのは、自ら生きることの放棄、介護放棄などを指します。C氏は自ら生きることを放棄した、これはセルフネグレクトにあたります。

ポイント
本来なら認知面などに問題がある場合は、施設などに一時保護という形になります。しかしC氏の場合は、理解力や判断能力は十分にあり、自身の置かれている状況が分かっていたこと。また度重なる面談を通じて、本人の意思が変わらず又、強い意志により自身の生涯を決めていたこと。

そして、本人の意思を尊重し、自治体や民生委員、警察へ相談や会議を行い連携を取っていたこと。これらの行動により本人の生き方を尊重し、尊厳死という形となりました。

虐待の対応について

身体的虐待の発見ポイント

・身体に小さな傷やぶつけたような痕が数か所ある。
・普通では考えられないような場所に、傷やアザの痕がある。
・急に怯えたり、怖がったりする。
・傷やアザについて聞くと、説明のつじつまが合わない。

心理的虐待の発見ポイント

・眠ると悪夢を訴えたり、眠ることを怖がる。
・急に怯えたり、泣いたり、叫んだりする。
・自傷行為がみられる。
・過食や拒食といった行動がみられる。

性的虐待の発見ポイント

・生殖器や肛門などからの痛みや痒み、出血がみられる。
・人目を避けるような行動がみられる。
・異性に怯える。

経済的虐待の発見ポイント

・一定収入があるのに(年金など)、使えるお金がないと訴えている。
・適切な介護サービスを提案するも、サービスの利用をしたがらない。
・サービスの利用料や家賃などの滞納がある。
・月によって、本人の生活の質の落差がある。

ネグレクトの発見ポイント

・寝具や衣類等が不潔な状態がしばらく続いている。
・体から異臭がする。
・体重の減少が激しく、空腹を訴えることが多い。
・必要な状態でも医療機関への受診をしていない。

養護者の虐待にみられる特徴

・高齢者への介護拒否などの発言がみられる。
・助言を聞き入れず、変わったこだわりや不適切な介護を行っている。
・高齢者に対して、荒い口調が目立つ。
・介護サービスや医療サービス等、経済的余裕がある場合でも、高齢者に対してお金をかけない、もしくはかけようとしない。
・高齢者に対して、他人事のような態度や無関心である態度をとっている。

養護者におけるその他のポイント

・隣からよく大声が聞える。
・対象に家に住んでいる高齢者本人の話をよく聞かない。
・コンビニ弁当などをよく買っている。(バランスが偏った食事しか与えていない。)
・人目かる。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
正直、自宅で行われている高齢者への虐待を発見するのは難しいです。頻繁に訪問を行っていても、虐待の実態はなかなか確認できません。事例①で紹介した身体的虐待では、頻繁に訪問をしているのにも関わらず発見が遅れました。この事例については、たまたま内出血の痕を確認したことで分かりましたが、虐待の全てが表面に出て分かるものではありません。また虐待をしている養護者も、その実態を隠そうとするはずですので。

では、どのようにすれば高齢者から虐待を守ることが出来るのか。それはまず虐待というものが、どういったことを指すのかを理解することから始まります。「これが虐待というものなんだ」と理解をしなければ、見過ごしてしまうからです。前述した「虐待に関する法律」や「虐待の種類」、「発見のポイント」などを参考にしていただき、虐待から高齢者を守っていただけたらと切に願います。