1980年代初期まで高齢者の引きこもり・閉じこもり(以下、引きこもり)は、日常生活の自立が損なわれて初めて陥る生活の1つと捉えられていましたが、1984年頃には引きこもりに陥る考え方は【身体的要因・心理的要因・社会、環境要因】からなるものへと変化しました。現在、新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、普段は引きこもりではない方も家にいることが多くなったと思います。
この外出自粛要請がいつまで続くかは分からない状況ですが、今後要請が解除されても家にいることに慣れて、そのまま引きこもりになったり、運動不足による身体機能の低下で体が動かなくなり引きこもりになる場合もあります。高齢者の寝たきりになる原因の中で多いのが、自宅で過ごす期間が長くなり気づいた時には体が動かなくなったということです。
いわゆるフレイル状態からの寝たきりです。ここでは、高齢者の引きこもり・閉じこもり問題について触れていきたいと思います。
目次
1980年代、わが国の死亡原因の第一位は脳血管疾患(脳卒中)でした。その後、遺症から様々な要因から寝たきりになる高齢者が多くなり、さらに高齢化の進展により寝たきりになる高齢者が増加しました。政府は、こうした状況を受け1990年に【高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)】を発起。
その中にある寝たきり予防対策として【寝たきりゼロへの10か条】が掲げられました。それが下記の通りです。その中で特に注目してもらいのが第9条です。
在宅高齢者の1年後の転帰を調査結果によりますと、非引きこもりの高齢者(214人)の死亡・寝たきりの発生が1.4%だったのに対し、引きこもりの高齢者(18人)は16.7%と大きく差をつける結果となりました。
また、30か月追跡調査をした要介護の発生率では、非引きこもり高齢者(1,589人)が7.4%、引きこもり高齢者(92人)は25.0%と約3倍もリスクが高いことが分かりました。
上記の結果は転帰調査ではありますが、特に高齢者の男性に多いのが会社を退職して社会での役割がなくなり自宅にいるケースです。
会社に勤めている時は、会社に行くために外へ出ますが退職すれば、その義務はなくなります。その際、会社勤め中に仕事一筋で趣味などを見つけていなかった人であれば、退職後やることがなくなり自宅にいることが多くなる傾向にあります。
そうなると、起床時間や身だしなみ、食事の時間、入浴などの日常生活のメリハリが徐々に失われていきます。生活の質が下がっていくと、本人が気づかぬうちに体は弱っていき、最終的には寝たきり状態になる可能性があります。
ただ「家に閉じこもっているだけで本当に寝たきり状態になるのか?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
色んな例はあると思いますが、外出の頻度を週1回もない人だと仮定します。恐らく座っているテレビを観ている時間、寝転んでいる時間が多くなります。動くときは生活に必要な動作(食事・入浴・トイレのみ)です。このような生活を続けていると、ほとんど筋肉は使われないので徐々に筋力が低下していきます。
筋力が必要以上に低下すれば、歩行は疎か、布団やベッドからの起き上がりや立ち上がりが出来なくなっていき、やがて寝たきり状態になります。食事やトイレ、入浴、買い物など生活に必要なことが出来なくなると介助が必要になります。
これは高齢者だけではなく、若い人でも数ヶ月間体を動かさなければ同じ現象が起きてきます。入院生活がいい例でしょう。
閉じこもりというのは『単に家にいるだけ』ではなく、生活の根幹を揺るがす行為だということを認識してください。
※参考文献:厚生労働省
2006年(平成18年)より介護予防事業をスタートし、現在は介護予防・日常生活支援総合事業という名称で国は高齢者の介護予防に取り組んでいます。その取り組みの1つに、要介護状態になるリスクの高い人を判別する基本チェックリストというツールがあります。
基本チェックリストとは、高齢者の生活機能を評価し、要介護状態になるリスクを予測することを目的に作られた質問票で、主に【運動・栄養・口腔・閉じこもり・認知機能・うつ】の5つの兆候を知ることができます。
25項目のポイントとしては、手段的日常生活活動(1~5)、運動機能(6~10)、栄養(11~12)、口腔機能(13~15)、閉じこもり(16・17)、認知機能(18~20)、うつ(21~25)を評価しています。その中の【16・17】の2項目のうちNo.16に該当する人は引きこもり傾向にあるとされています。ただし、週によって外出頻度が異なる場合は、過去1ヶ月の状態と平均して判断してください。1階の外出は30分以上で、自宅の屋外(庭などの敷地内)は含みません。
皆さんもお分かりだと思いますが、歳を重ねるほど寝たきり状態(要介護状態含む)へのリスクは高まります。寝たきり状態になる原因や背景には、心身の虚弱状態、いわゆるフレイル状態が原因だと言われています。
では、そのフレイル状態とは一体なんなのか。フレイル状態のイメージが下記の図の通りです。
この図のように、健康状態から加齢も相まって徐々に要介護状態へ進み、そして死に向かっていきます。この図は本の一例ですが【なだらかに死に向かって行く人】もいれば、【急降下する人】もいます。その下降の仕方を決めるのが引きこもりの要因と同じく【身体的要因・心理的要因・社会、環境要因】の3つの側面からなっています。
要因 | 特徴 |
---|---|
身体的要因 | ・筋力の低下 ・歩行能力の低下 ・認知機能の低下 ・運動や体操をほとんどしない ・視力や聴力の低下 ・脳卒中の既往歴あり ・咀嚼力(飲み込む力・噛む力)の低下 ・不摂生な生活を続けている ・全身の機能低下で家事が出来なくなる など |
心理的要因 | ・うつ傾向 ・趣味がない ・転倒不安による行動制限がある ・主観的な幸福感が低い ・QOL(生活の質)の低さ など |
社会、環境要因 | ・親しい友人がいない ・社会的役割が少ない、もしくはない ・高齢者である ・外出援助がない ・社会的接触がない ・人口が少ないところに住んでいる ・低所得 ・日中のほとんどが家の中、もしくは自室のみ ・友人、親族との交流が少ない。 ・部屋が汚い。 など |
フレイルの原因は、それら3つの要素が複雑に絡み合うことでなります。引きこもりを例にフレイル状態になる原因をいうなら、【社会的交流がない(社)➡家にいることが多くなる(社)➡活動量の低下(身)➡筋力低下(身)➡筋力低下により歩行がおぼつかない(身)➡転倒が怖くなる・動くのが辛い(心)➡さらに活動量が低下する(身)➡寝たきり】。
これは大まかな例ですが、人によってはこの中に【不健康な生活を送ったことによる病気の発症、金銭的問題】などが加わる場合もあります。
引きこもりは、負のサイクルが形成されやすいため活動の機会を増やすことが重要です。
昔から引きこもりだった人は別として、高齢者の引きこもりの要因はフレイルの要因と似ています。ほとんどの高齢者は引きこもる前は、地域社会の中で活動していた人がほとんどで、そこから老化の影響や病気などのさまざまな原因で外出頻度が減少していき、生活空間が自宅外から敷地内(庭など)に変わり、家の中、自室。そして、最終的にはベッドへと狭くなっていきます。
引きこもりの予防や対策をするには「なぜ、外出の頻度が少なくなっていったのか」という根本的な部分を考えることが大事です。
昔、私が担当していた利用者で『歯がなくなったから、外に出たくない』という人がいました。結論から言うと『見っとも無いから人の前に出たくない』というものでしたが、本人にとっては深刻な問題で、私が訪問してもインターフォン越しでの会話しかしてくれませんでした。最終的にはフォン越しで訪問歯科を手配して入れ歯を作ってもらうことで解決はしましたが、最初は「訪問歯科の先生とも会いたくない」と言っていたので、大変だった覚えがあります。
他の場合で言えば、外で転倒し骨折をしてしまったことが原因で、外に出るのが怖くなり自宅に閉じこもってしまった利用者がいました。この利用者への対応は、訪問リハビリを導入し、本人の歩き方の指導、転倒しやすい場所の助言、補助具の導入を経た後、最終的には通所リハビリテーションに通うまでに心身ともに回復し、引きこもりが解消出来たことがありました。
これらのように、引きこもりになってしまう原因は人それぞれです。うつから来ている人も居れば、ただ単に外に出るキッカケがなくなった人もいます。
やはりそうした場合には、根本的な原因を探ることが重要です。そして、原因が分かれば問題解決できるであろう専門家に託すのが一番と言えます。
いかがでしたでしょうか。
引きこもりの要因は【身体的要因・心理的要因・社会、環境要因】が複雑に絡み合うことで起こります。本記事でも触れていますが、引きこもりの期間が長ければ長い程、寝たきり状態へと進み、最終的には死が待っています。孤独死の原因も引きこもりから来ているとも言われているように、引きこもりというのは単に家にいるだけの問題ではありません。家族や介護者、支援者の方は引きこもりになってしまう原因は必ずあるので、何が原因でそうさせているのかを探り考えることがとても重要になります。